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東京地方裁判所 昭和34年(行)144号 判決

原告 鈴や金融株式会社

被告 国

訴訟代理人 田中勝次郎 外三名

主文

原告の請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者双方の申立

原告訴訟代理人は「一、日本橋税務署長が原告に対してした別紙目録(一)ないし(五)記載の源泉徴収所得税収納処分及び同(六)ないし(一〇)記載の各源泉徴収所得税及び加算税納税告知処分はいずれも無効であることを確認する。二、被告は原告に対し、金九、八一七、七二〇円並びにこれに対する右納付又は滞納処分の翌日から支払済にいたるまで金一〇〇円につき日歩三銭の割合による金員を支払うべし。」との判決を求め、被告代理人は、主文と同旨の判決を求めた。

第二当事者双方の主張

原告訴訟代理人は、請求の原因及び被告の主張に対する反論として次のとおり陳述した。

一、原告会社は、金融業並びに不動産及び有価証券の保有を目的として設立された株式会社でいわゆる株主相互金融を業とするものであり、その事業内容は「(1)会社は増資によつて自己の株式を発行する。(2)増資新株は一括してある株主(主として会社の社長)が一手にこれを引き受け、さらにこれを広く大衆に譲渡する。(3)株式の譲受希望者には原則として前記の株主が自己の持株を日賦又は月賦で譲渡するが、この際会社は譲受希望者との間に立つて譲受をあつ旋する。(4)この場合、株式を譲渡した者が譲受人から直接日賦又は月賦による株式代金の支払を受けることの煩を避けるため、ひとまず譲渡人に対し会社が株式の代金の全額を立替払し、譲受人は立替人たる会社に対して日賦又は月賦で代金を弁済する。(5)株式を譲り受けた者は、その代金を完済した時は会社から額面金額の三倍の融資を受けることができる。(6)株式を譲り受け、かつその代金を完済した後に(5)の融資を受けない者に対しては原告会社は株主優待金名義で一定の金銭を支払う。」というものである。

二、原告会社は、契約に基き、原告会社の株式の譲渡を受けた株主で融資を受けなかつた者に対し、昭和二七年一月以降一定金額を株主優待金として支払つたところ、日本橋税務署長は、右優待金は株主に支払う配当金であるから、原告は所得税法第三七条によつて所得税を源泉徴収して政府に納付すべき義務があるのにこの徴収義務を怠つたとして二回にわたり昭和二七年一月から昭和二八年六月までの支払分につきその所得税と加算税の徴収令書を原告に送達した。

三、しかし、右株主優待金は後述のとおり所得税法第九条第一項第二号の配当金ではなく、原告はこれについて所得税を源泉徴収して納付する義務はないのであるから、原告は前記日本橋税務署長の処分につき所定の不服申立の方法をとつたが、その間滞納処分を受けることにより営業の継続が不可能となることをおそれ、一応所得税を源泉徴収して納付する方針をとり、昭和二八年七月から同年一一月まで株主優待金につき毎月支払の際所定の所得税を源泉徴収して翌月一〇日までに別紙目録(一)ないし(五)記載のとおり合計金六、三〇六、五二〇円を日本橋税務署長に納付し、同署長は右納付金につき収納処分をした。

四、次いで日本橋税務署長は、昭和二八年一二月以降支払の株主優待金につき別紙目録(六)ないし(一〇)記載のとおり同目録告知処分年月日らん記載の年月日にそれぞれ原告に対して納付を通告して納税告知処分をなし、さらに右税額を確保するため原告会社の財産を差し押え、公売に付して右税額を強制徴収した。

五、原告会社が株主に支払つた前記株主優待金は所得税法第九条第一項第二号にいう「利益の配当」あるいは同法第三七条にいう「配当所得」ではない。右規定にいう「利益の配当」は株式会社に関する限り商法第二九〇条第一項の利益の配当を指すことは所得税法の条文から明白であつて、かつ政府の解釈取扱も従来その通りに確定されており、一般納税者も右確定した解釈に従つて配当所得の申告をし、源泉徴収をしてきたのである。したがつて日本橋税務署長が原告会社において納付した前記金六、三〇六、五二〇円について原告会社に所得税源泉徴収義務があるという認定のもとに監査事務を経たうえで収納し、さらに所得税法第四三条に基き原告会社に対し前記金三、五一一、二〇〇円の納付を通告したうえ強制徴収したのは違法である。そもそも所得税法においては、同法に定める課税要件が充足されることによつて租税債務関係が成立し、他面右課税要件が充足されない限り租税債務は発生せず、又発生しない租税債務につき源泉徴収義務が発生することはあり得ない。ところで所得税法第四三条にいう「徴収して納付すべき所得税」が法律上存在するためには、配当所得等の支払の際その支払うべき金額が確定していることを前提とするが、前述のとおり前記株主優待金は利益の配当ではない以上、右「徴収して納付すべき所得税」は法律上存在しないものといわなければならない。一般に行政庁は与えられた権限の範囲内においてのみ公権力の主体たりうるのであつて、行政庁がその権限外の処分をした場合にはその処分のかしは重大であるのみならず明白でもある。したがつて利益の配当(配当所得)でないことの明らかな前記株主優待金につきこれに該当するものとして所得税法第四三条に基いてした日本橋税務署長の前記収納処分及び告知処分はいずれも無効といわなければならない。

六、右のとおりであるから、原告は、まず日本橋税務署長が原告に対してした別紙目録(一)ないし(五)記載の源泉徴収所得税収納処分、同(六)ないし(一〇)記載の源泉徴収所得税及び加算税納税告知処分がいずれも無効であることの確認を求め、さらに同署長が原告から源泉徴収所得税及び加算税として収納ないし強制徴収した前記金九、八一七、七二〇円は被告が法律上の原因なくして収得したものであるから、被告に対し右金員及びこれに対する各納付又は滞納処分の日から支払済にいたるまで国税徴収法所定の金一〇〇円につき日歩三銭の割合による還付加算金の支払を求める。

七、源泉徴収税の徴収事務は支払者の行為ばかりで成立しているものではなく、収税庁が分担する事務と相まつて行われる。すなわち、法律上は徴収義務が当然に発生し、支払者が自発的に徴収して納付する仕組となつているが、収税庁としてはこれに対応して払込整理事務の外に果して支払者が適正な源泉徴収を行つたかどうかを監査する。しかして行政訴訟における無効確認の対象となりうる行政処分は必ずしも行政庁の意思表示によつて生ずる法律行為的処分であることを要せず、法律がある効果をある事実の発生にかからしめている場合でもよいのであつて、申告納税制度のもとにおいて納税義務者がその申告にかかる課税標準に税率を適用した金額を自発的に納付する場合と同様に、支払者が右金額を源泉徴収の方法によつて納付する場合も収税庁による国税の収納あるいは徴収という行政処分が存在するのである。したがつて、本件においても原告会社が源泉徴収義務のないのに納付した前記金六、三〇六、五二〇円を監査事務を経て収納した日本橋税務署長の行為は行政訴訟において無効確認の対象となる行政処分に外ならない。

八、原告会社の被告に対する本件不当利得返還請求権について会計法第三〇条の時効に関する規定の適用はない。会計法第五章に規定する時効は徴税者の会計検査院に対する会計帳簿の整理の必要上設けられたものであつて、金銭の給付を目的とする国の権利の行使を五年と限つた除斥期間たる性質を有し、その適用があるのは公法上の権利関係に基く金銭の給付を目的とする国の権利及び国に対する権利に限られる。したがつて、国と国民との間の権利関係であつても国が財産権の主体として国民に対する場合、すなわち私法上の権利関係については右時効の適用はない。しかして原告会社の本件請求権の実質は納税者である原告会社の財産権に対する侵害である過誤納の救済、すなわち不当利得の返還請求権であるから、私法関係上の請求権であることは明白であり、会計法第三〇条の時効にはかからない。

被告代理人は、原告の請求原因に対する答弁及び被告の主張として次のとおり陳述した。

一、請求原因一、二記載の事実、同三記載事実のうち原告会社が日本橋税務署長の課税処分につき不服申立の方法をとつたこと、原告が昭和二八年七月から同年一一月まで支払つた株主優待金につき毎月支払の際所定の所得税を源泉徴収して翌月一〇日までに合計金六、三〇六、五二〇円を日本橋税務署長に納付したこと、同四記載事実は認める。その余の事実は否認する。

二、原告会社による株主優待金の支払は所得税法上利益の配当に外ならないから、これを利益の配当と解してした原告主張の源泉徴収所得税納税告知処分は適法であり、又原告が自発的に源泉徴収をして納付した所得税を日本橋税務署長において受領した行為が果して行政処分といえるかどうか疑問であるが、仮りにいえるとしても右と同様の理由によつて適法である。

三、仮りに右各課税処分に所得税法上の利益の配当でないものを利益の配当と解して課税した違法があるとしても、そのかしは重大かつ明白とはいえないから取り消されるのはともかく当然に無効ではない。すなわち、本件においては前記のように原告会社が支払つた株主優待金の支払が果して所得税法にいう利益の配当に該当するか否かの問題があるわけであるが、その結論は法律の解釈いかんにかかつており、たまたま税務官庁においてその解釈を誤つたからといつて直ちに外観上明白なかしがあるとはいえない。

四、違法な課税処分に基いて税金を納付した場合においても直ちに国が法律上の原因なくして財産上の利益を得たということにはならない。したがつて、違法な課税処分に基く既納税金について納税者は当該課税処分が取り消されない限りこれを不当利得として返還請求をすることができない。(同旨大審院昭和五年七月八日判決、同昭和七年七月四日判決)

五、仮りに原告会社が被告に対して前記既納税金につき不当利得返還請求権を取得したとしても、このうち目録(一)ないし(五)記載のものについては会計法上の時効により消滅している。すなわち、右税金は原告主張のとおり昭和二八年七月から同年一一月までの支払にかかる優待金について支払の翌月一〇日までに納付したものであるから、最終納付日である昭和二八年一二月一〇日の翌日から起算して会計法第三〇条所定の満五年目に該当する昭和三三年一二月一〇日の経過をもつて時効が完成したものであるが、本訴は右時効完成後の昭和三四年一一月六日に提起されたものである。納税義務が公法上の義務であることは明白であるから、その返還請求権もまた公法上の権利であり、会計法の時効に関する規定は同法第三〇条後段に「国に対する権利で金銭の給付を目的とするものについてもまた同様とする。」とあるとおり、国に対する公法上の権利についても適用があるのであるから、右返還請求権が右規定の適用を受けることは明らかである。

第三証拠関係〈省略〉

理由

一、原告が金融業並びに不動産及び有価証券の保有を目的として設立された株式会社でいわゆる株主相互金融を営んでいたがその事業内容は「(1)会社は増資によつて自己の株式を発行する。(2)増資新株は一括してある株主(主として会社の社長)が一手にこれを引き受け、さらにこれを広く大衆に譲渡する。(3)株式の譲渡希望者には原則として前記の株主が自己の持株を日賦又は月賦で譲渡するが、その際会社は右株主と譲受希望者との間に立つて譲渡をあつ旋する。(4)この場合株式を譲渡した者が譲受人から直接日賦又は月賦による株式代金の支払を受けることの煩を避けるため、ひとまず譲渡人に対し会社が株式代金の全額を立替払し、譲受人は立替人である会社に対して日賦又は月賦で代金を弁済する。(5)株式を譲り受けた者は、その代金を完済した時は会社から額面金額の三倍の融資を受けることができる。(6)株式を譲り受け、かつその代金を完済した後も(5)の融資を受けない者に対して会社は株主優待金名義で一定金額の金員を支払う。」というものであること、原告会社が昭和二七年一月以降契約に基いて原告会社の株式の譲渡を受けた株主で融資を受けなかつた者に対し一定の金額を株主優待金として支払つたところ、日本橋税務署長は、右優待金は株主に支払う配当金であるから、原告は所得税法第三七条によつて所得税を源泉徴収して政府に納付すべき義務があるとし昭和二七年一月から昭和二八年六月までの支払分につき二回にわたつて徴収令書を原告に送達して課税処分をしたこと、原告は昭和二八年七月から同年一一月までに支払つた株主優待金につき毎月支払の際所定の所得税を源泉徴収して翌月一〇日までに別紙目録(一)ないし(五)記載のとおり合計金六、三〇六、五二〇円を日本橋税務署長に納付したこと、日本橋税務署長が別紙目録(六)ないし(一〇)記載のとおり同目録告知処分らん記載の日時にそれぞれ原告に対して源泉徴収所得税及び加算税の納付を通知して納税告知処分(以下本件源泉徴収所得税等納税告知処分という。)をしたことはいずれも当事者間に争がない。

二、原告は、別紙目録(一)ないし(五)納付年月日らん記載の各日時に株主に支払つた株主優待金につき日本橋税務署長に対し源泉徴収所得税を任意に納付し、同署長がこれを収納したことをもつて行政処分と解し、その無効であることの確認を求めているので、同署長の右措置が果して行政訴訟において無効確認の対象となりうる行政処分であるかどうかについて判断する。

一般に源泉徴収所得税は、その徴税の技術として源泉徴収義務者が配当所得等所得税法上所得税源泉徴収の対象とされている所得の支払をする際に所得税法の規定に則つて自己の判断に基き算定した所得税額を源泉で徴収しこれを納付する方法をとつている故にかかる源泉所得税の納税義務は右徴収義務者の徴収納付によつて一応具体的となるが、税務官庁が右徴収義務者により徴収納付せられた税額を不相当とするときは、税務官庁は所得税法第四三条第一項に基き国税徴収の例にしたがつて国税徴収法第六条の規定により徴収義務者の徴収納付にかかる税額では不足する税額分の徴収を告知するのであつて、この場合には税務官庁の右判断は徴収義務者の判断に常に優先し、税額はこれに基いて確定するものと解せられる。しかして税務官庁が徴収義務者の判断を不相当としてさらに徴収納付すべき税額を指定し、納税告知書を徴収義務者に交付してその税金の納付を命ずる右措置は国が租税を課する優越的立場から行う公権力の行使たる一の行政処分であり、しかも徴収義務者の納税義務を終局的に確定せしめることによりその具体的な権利義務関係に直接影響を及ぼすことが明らかであるから、それが行政訴訟において無効確認あるいは取消の対象となりうることはもちろんである。他方税務官庁が徴収義務者の徴収納付にかかる税金をそのまま収納して何らの告知処分をしない場合には、そこに何ら税務官庁の処分が存在しないように見えるけれども、この場合においてもそこには必ず右納付税額が正当かどうかの税務官庁による審査及びそれを正当とする旨の認定があり、さらに徴収義務者に対しとくに納税告知処分や誤納税金返還等の措置をとることなく右所得税をそのまま収納する旨の意思決定が存在するものといわなければならない。しかしてかように納付税額を正当と認めてこれを収納する税務官庁の行為(収納処分)もまたその本質上国の公権力の行使たる一の行政処分であり、徴収義務者の納税義務を確定させたうえ当該税額を徴収することによりその具体的な権利義務に直接影響を及ぼす点では前記納税告知処分と異るところはない。徴収義務者の判断に基く納税義務は税務官庁がこれを不相当と認めて納税告知処分をすることを解除条件として確定するというのはこの間の消息を説明する一の技巧に過ぎない。したがつてかかる収納の行為(収納処分)にかしがある場合においても行政訴訟によりその無効確認あるいは取消を求めることができるものと解すべきである。もつとも税務官庁は会計法第三〇条の規定による五年間の消滅時効により租税債務が消滅しない限りいつでも源泉徴収所得税の納税告知処分をすることができる建前になつているけれども、特段の事情のないかぎり徴収義務者の徴収納付後相当期間を経過しても税務官庁が納税告知処分その他の措置をとらない場合には徴収義務者の徴収納付した税額を相当と認定したうえこれを収納する処分をしたものと認めるのが相当である。したがつて本件において原告が別紙目録(一)ないし(五)納付年月日らん記載の日時に徴収納付した源泉徴収所得税につき日本橋税務署長が納付後数年になつても徴収義務者に対し納税告知等の措置をとらなかつた以上、同署長は原告に対し前記のような趣旨において原告の徴収納付した税額を正当としてこれを収納する旨の処分(以下本件源泉徴収所得税収納処分という)をしたものというべく、右処分の無効確認を求める原告の請求は適法である。

三、つぎに本件源泉徴収所得税収納処分、源泉徴収所得税等納税告知処分が原告主張のようにいずれも無効であるかどうかについて判断する。

日本橋税務署長が原告会社において株主に支払つた優待金をもつて所得税法第九条第一項第二号にいう法人から受ける利益の配当に該当するものとし、同法第四三条、第三七条等に基いて右処分をしたことは前述のとおり当事者間に争のないところであるが、ここにいう利益配当は、特段の規定のない以上株式会社に関する限り商法にいう利益の配当と同様に解するのが相当である。けだし所得税法は一定の取引社会における雑多の取引から生じる所得をとらえてこれを課税の対象とするものであるから、税法の対象とするところはひつきよう取引社会における現実の現象そのものに外ならないのであり、特に税法において特別の意義を有する旨規定しないかぎり、その課税対象として用いられる表現は当該取引社会におけるそれと同一の意義を有するものとしなければならないからである。しかして商法はその第二九〇条第一項に「会社ハ損失ヲ填補シ且準備金ヲ控除シタル後ニ非サレハ利益ノ配当ヲ為スコトヲ得ス」と規定し、同第四八九条第三号において「法令又ハ定款ノ規定ニ違反シテ利益……ノ配当ヲ為シタルトキ」を処罰の対象としていることからも明らかなように、取引社会において利益の配当と認められるものが存在することを前提としたうえで株式会社につき資本の充実ないし株主平等の原則の確保の見地からこれについて規制を加えているのであるが、所得税法が配当所得として所得税徴収の対象としようとする利益配当もやはり右のような取引社会において認められる利益配当を意味するものと解するのが相当である。もつとも所得税法上の利益配当は結局においては必ずしも商法の規定に適合するもののみに限られず、いわゆる蛸配当など商法の規定に照らせば不適法とされるようなものも含まれると解する余地はあるが、しかしいやしくも利益配当という以上は最小限度一応の損益計算に基く利益が出資額に応じて株主に支払われるという形式をとつているものでなければならない。ところで本件における株主優待金なるものの性格を検討するに、前記争のない事実からすればこの株主優待金は原告会社の株式を取得して株主となつた者が原告会社との契約にもとずき原告会社から融資を受けない場合に限つて支払を受ける一定額の金銭をいうことが明らかであるが、これは損益計算とは全く関係なくあらかじめ定められたところの一定率によつて支払われるものであつて、株金額の出資に対し当該企業体の取得した利益金の配分として支払われるものであるとは認めがたく、結局においてそれは取引社会における利益配当の観念にはあてはまらない、異質のものといわざるを得ない。したがつてこれは所得税法第九条第一項第二号にいう利益配当には該当しないものというべく、右に該当するものとして原告に対し源泉徴収所得税の納税告知をなし、あるいは原告の任意納付した金員を収納した日本橋税務署長の前記各処分はいずれも違法であることを免れない。

しかし、所得税法第九条第一項第二号にいう法人からの「利益の配当」は結局において右のように取引社会における利益配当を意味すると解するにしてもその解釈は何人にも明々白々とはいいがたいし、又会社が株主に対して支払う特定の金銭が果して取引社会における利益配当に該当するかどうかはそれがいかなる名義によつて支払われるかにかかわりなく右金銭支払の根拠や当該会社における株主たる地位の実体などを見極めて判断する外はないのであつて、本件における株主優待金も結論的には前述のとおり取引社会における利益配当に該当するものと解しえないとはいうものの株主に対して優待金以外に特段の配当が行われていたとも認められないことなどからすればこれをもつて実質的には株主の出資額に応じて利益配当として支払われた金銭と同質のものであると認め、これに所得税法第九条第一項第二号を適用したうえ同法第四三条第一項、第三七条等により源泉徴収の課税処分をしたとしても、それはあながら論外とはいえないであろう。それが結論的には違法な処分であるとしても、そのかしが外観上何人にもその存在を認識できる程度に明白であると解することは困難である。したがつて本件各処分は取消の対象となるのは格別当然に無効と解することはできないといわなければならない。

原告はなお、本件源泉徴収所得税の課税要件は客観的に充足しないから、この租税債権は発生せず、本来徴収すべからざるものであつて、税務官庁がこれをあえて徴収するのはその権限外の行為でありその意味でかかる行政処分は当然に無効であると主張する。一般に租税債権が法律に定めた課税要件の充足により当然に発生するということはいちおうこれを肯定しなければならないがこの段階においてはそれはまだ抽象的観念的存在にすぎないのであり、それが具体的現実的のものとなつて直接公権力行使としての徴税の対象となるのは、前記のような手続を経て税務官庁のする告知、収納等の処分によつてはじめてしかるのであり、この段階においてはじめて租税債権は法律上の実在となるものと解される。したがつて課税要件が客観的に充足したりや否の問題は当然それによつて租税債権が発生したりや否の問題となるのではなくて、結局において右租税債権を実在たらしめる税務官庁の処分の適否の問題に帰着するのである。してみると課税要件が客観的に充足しないとの一事によつてはまた法律上の実在としての租税債権が発生しないものとすることはできず、したがつてまた税務官庁の処分が権限外の行為として当然に無効となるものではない原告のこの点の所論は失当である。

しからば本件各処分が無効であることの確認を求める原告の請求は理由がない。

四、前項において判断したとおり本件源泉徴収所得税収納処分及び源泉徴収所得税等納税告知処分はいずれも違法ではあつても無効でなく有効に存在するものと解すべき以上、日本橋税務署長が原告会社から収納徴収した所得税額は結局において被告が右各課税処分という法律上の原因に基いて取得したものに外ならないからこれは被告の不当利得とはならない。なお本件において源泉徴収所得税につきその課税要件が客観的に充足しないとの一事によつては租税債権の実在を否定し得ないことは前段に説明したところからおのずから明らかであるから、この点をもつて被告の不当利得を理由づけることは相当でない。したがつて被告に対し、本件各処分に基き徴収収納された所得税の返還を求める原告の請求は理由がない。

五、以上のとおりであるから、原告の本訴請求はいずれも理由がないものとして棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 浅沼武 小中信幸 時岡泰)

目録

一、任意納付分

納期

納付年月日

所得税

納期

納付年月日

所得税

昭和年月日

昭和年月日

昭和年月日

昭和年月日

(一)

二八、八、一〇

二八、八、一〇

一、二四一、一六九

(四)

二八、一一、一〇

二八、一一、一〇

一、三七三、九一三

(二)

二八、九、一〇

二八、九、九

一、一六一、八四三

(五)

二八、一一、一〇

二八、一二、一〇

一、三七九、一四八

(三)

二八、一〇、一〇

二八、一〇、一〇

一、一四九、四四七

二、強制徴収分

納期

告知処分年月日

徴収年月日

税額

所得税

加算税

合計

昭和年月日

昭和年月日

昭和年月日

(六)

二九、一、一二

二九、一、上旬頃

三一、一、一六

一、七四七、六四八

一、七四七、六四八

(七)

二九、二、一〇

八〇二、三五五

八〇三、三五五

(八)

二九、四、一五

二九、四、上旬頃

二一五、一六九

二一五、一六九

(九)

二九、六、一〇

二九、五、下旬頃

四三、〇二八

四三六、七五〇

四七九、七七八

(一〇)

二九、九、一〇

二九、八、下旬頃

二六五、二五〇

二六五、二五〇

合計

((一)ないし(一〇))

九、一一五、七二〇

七〇二、〇〇〇

九、八一七、七二〇

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